「おじいちゃんの学芸会」

男 たろう
女 かずえ
男 じいちゃん
男 ちょうさく
男 たごさく
男 二郎
女 はなこ
女 はるか
女 なつこ
女 あきえ
男 一郎
男 ぜんじ
女 ふゆえ
女 まゆみ

第0幕
(幕前 舞台上手おじいちゃん。下手たろうとかずこ)

1  たろう 「もしもし、おじいちゃん。今度の日曜日は、ひま?」
2  じいちゃん 「ああ、ひまだとも。どうした?」
3  かずえ 「あ、もしもし、わたし、かずえ。今度の日曜日ね、学芸会なの。わたし
         ね、シンデレラで主役なの。」
4  じいちゃん 「ほう、それは楽しみじゃなあ」
5  かずえ 「でしょう!私がんばるから!必ずきてね。おにいちゃんはね、なんと牛
        のうんこの役なの!うふふ」
6  たろう 「よけいなこと言うなよ!ねえ、おじいちゃん。おじいちゃんの小さい頃
        の学芸会ってどんなだったの?やっぱり楽しかった?前の日はドキドキ
        したあ?」
7  じいちゃん 「わしらのころの学芸会か?学芸会なあ。あのころは戦争があってな、た
          いへんでなあ……学校も空襲にあったりしてな……」
(暗転)

第1幕

(開幕)登校の風景。学校の絵。校門には「あさひ小学校」上手から、下
    手へ歩いていくたろうとかずえ。

8  かずえ 「もうおにいちゃんたら。よけいなこと言うからおじいちゃん落ち込んじ
        ゃったじゃないの。」
9  たろう 「そんなこといったって……まさか空襲で学校が焼けて、学芸会が中止に
        なったなんて知らなかったから……」
10 かずえ 「お兄ちゃんって、いっつもそう。言わなきゃいいこといっちゃってさ。」
11 たろう 「だって……」

(道の真ん中に空いている穴に気がつきのぞき込む2人)

12 かずえ 「なんだろう。この穴。昨日は工事なんかしてなかったし……」
13 たろう 「かずえ、あんまり近づいちゃ危ないぞ。」
14 かずえ 「大丈夫よ、ほんとにお兄ちゃんは意気地がないんだから。ほらほら」
     (穴をのぞき込む)
15 たろう 「こら、かずえ、ホントに危ないぞ」
16 かずえ 「きゃー」

(暗転)ふたり過去の世界へと入り込んでしまう。
    古い学校の教室。

第2幕

(おびえたようにたろうとかずえを囲む子供達。)

17 かずえ 「いたたた」
18 たごさく 「わあーしゃべっただあ」
   (全員腰を抜かす)
19 かずえ 「失礼ね、人間だものしゃべるわよ」
20 ちょうさく 「うんや、おめえたちは人間じゃねえでござる。だって、空からふってき
 たじゃねえでござるか。空を飛ぶものを鳥といわずに何という」(歌舞伎
 のように)
21 かずえ 「それが、私にもよく分からないのよね」
22 たごさく 「わーかった!空からふってきた。でも人間だ」
23 子 全 「うんそうだ」
24 たごさく 「つまり、これは」
25 子 全 「つまり、これは」
26 たごさく 「空からふってきた人間だあ!」
27 二郎 「ばか、それじゃあそのままだろ。このお方たちは、かの空軍の落下傘部
       隊のお方たちよ!」
28 花子 「そんなのおかしいわよ。だってこの人たち私たちと同じくらいの子ども
       よ」
29 はるか 「そうよ!でもどうも格好がおかしいのよね。そんな服どこで買ったの?
        お母さんがつくってくれたの?それとも配給かしら?」
30 なつこ 「なんだかおかしな格好でございますわよね、あきえさん」
31 あきえ 「そうよね、女の子はみんなもんぺなのに。そんな格好ねえ……。ちょっ
        とねえ……みんなもんぺなのに……みんな我慢してるのに……うらやま
        しいわ。着させて!」(とかずえにすがりつく)
32 二郎 「うらやましがってどうするんだよ。男だってこんな派手な服きてたら、
       敵にすぐうたれちまうよ。かっこつけすぎなんだよ。それともおまえ敵
       のスパイか」(たろうを軽くつく)
33 かずえ 「クウグン?ラッカサンブタイ?ハイキュウ?モンペ?いったい何なの 
        よ!そうだ、この学校、なんて名前なの」
34 ちょうさく 「そんなこともしらねえのか、天下の旭小学校よ」(歌舞伎のように)
35 かずえ 「『あさひしょうがっこう』ってそれ私たちの学校。でも、こんなボロボロ
         の校舎……お兄ちゃん、どうなっちゃってるの?私たちどうなっちゃっ
         たの?夢かも、えい!」
(太郎の頬をつねる)
36 たろう 「いたいよう!夢じゃないよ!」
37 かずえ 「じゃあ、私のもつねってみて」
38 たろう  つねる
39 かずえ 「いたいわね!何するの!夢じゃないわ」
40 たごさく 「こいつらへんだあ!ほっぺたつねりあってる。『お兄ちゃん、どうなっち
         ゃってるの?私たちどうなっちゃったの?夢かも、えい!』『いたいよう!
         夢じゃないよ!』『じゃあ、私のもつねってみて』つねる『いたいわね!
         何するの!夢じゃないわ』だってさ」
41 子 全  「ははは、似てる似てる」
42 ふゆえ 「ねえねえみんな、こんな人たちは、ほっといて練習しましょうよ。学芸
        会は明日なんだよ。まだまだ完成じゃないんだから。ふゆえはしんぱい」
43 ぜんじ  「そうだね、しっかり練習しないとまた先生に注意されますね」
44 二郎 「はいはい分かったよ級長様」

       (一郎、下手よりやってくる)

45 一郎 「やあごめんごめん、先生が大道具を少し変えた方がいいって……おや、
       君たちだれだい」
46 かずえ 「わたしたち……」
47 たろう 「ぼくたち、きょう転校してきばかりなんだ」
48 かずえ 「お兄ちゃん……」
49 たろう 「いいんだ」
50 一郎 「なんだ、そうだったんだ。ぼくは、高橋一郎」
51 かずえ 「高橋一郎って!?」

(あわてて、かずえの口を押さえるたろう)

52 たろう 「よろしくね」
53 一郎  「ねえ、みんなこの子たちも劇に参加してもらおうよ。」
54 まゆみ 「そうね、せっかくいるんだし、劇はみんなでやった方が楽しいわ。ええ
        と、じゃあ女の子はかにの子ね。男の子は、ちょうど牛のくその役が空
        いてるわ」
55 かずえ 「お兄ちゃん、高橋一郎っておじいちゃんと同じ名前……」
56 たろう 「かずえ、よくお聞き。僕らは間違って過去の世界にきちゃったんだ。そ
        れもおじいちゃんがちょうど小学生だった頃の時代に。どうなるか分か
        らないけど、向こうからこちらに来たんだから、こちらから向こうにも
        帰れるはずだ。いまはとにかく、怪しまれないことだ。そうすれば必ず
        チャンスはあるはずだから」
57 かずえ 「お兄ちゃん、急にたくましくなったわね。でも時代が違ってもお兄ちゃ
        んは、牛のくそ……」
       (たごさく、「牛のくそ」といってたろうをゆびさす。たろうは、たごさ 
       くを叩くまね)
58 ぜんじ 「何こそこそやってるんですか、明日が本番なんですよ」

(さるかに合戦の劇の練習に取りかかろうとする)

59 はるか 「花子どうしたの?」
60 花子 「昨日ね、電報が届いたの。お父さんが、ラバウルで行方不明だって……
 それを考えたら、劇の練習なんて手につかないわ」

(花子をそっと抱きしめるはるか)

61 二郎 「女はこれだから、いやだよ。めそめそしちゃってさ。」
62 ぜんじ 「二郎くん!」
63 はるか 「二郎さん、そんなひどいいいかたないんじゃないの!」
64 二郎 「だってよ、そうだろ。いまは戦争中だぞ。いちいち、誰が行方不明だ。
       誰がけがしたなんて気にしてたら、何もできやしない」
65 ぜんじ 「二郎くん、君は何てことを言うんだ。君だって君のお父様が行方不明な
        ら落ち着いていられないはずだぞ」
66 一郎 「ぜんじ、言うな!」
67 ぜんじ 「だって一郎くん!」
68 一郎 「二郎のお父さんは、去年ラバウルで戦死してるんだよ」
69 ぜんじ 「……二郎くんごめん」
70 二郎 「いや、悪いのは俺だよ」
71 一郎 「そうだ、いまは戦争中だ。だからこそ、ぼくたちのこの劇が必要なんだ
       よ。つかれたり悲しい思いをしている人たちに、あした楽しい思いをし
       てもらおうよ。」
72 はるか 「うちのお姉ちゃん、毎日武器を作る工場に行ってる。朝、7時から夜暗
       くなるまで。うちに帰ってきたら、もう足が鉛のように堅くなってて。
       私、お姉ちゃんの足もんであげてるんだ。そのお姉ちゃんが、はるかの
       学芸会が楽しみだって。」
73 ふゆえ 「だまってたけど、ふゆえのお父ちゃん、戦地から帰ってきたんだ。足に
       けがしたの。わたしはやさしいお父ちゃんが帰ってきてうれしんだけど、
       おかあちゃんも親戚のおじちゃんも怪我して帰ってくるなんて、恥さら
       しだって……お父ちゃん、この学芸会、すごく楽しみにしてくれている
       んだ。ふゆえがおれの生き甲斐だって」
74 一郎 「さあ、練習しよう」
75 子 全  口々に「そうだな」

(暗転)

(ナレーション)その夜遅く、町は空襲を受けました。
        空襲警報
暗転のまま 赤いスポット 立ちつくす子どもたち

73 ぜんじ  「もうだめですね。学校が焼けちゃいました」
74 なつこ 「せっかくつくった劇の衣装も燃えていくざます。これじゃあ劇はできな
        いざます」
75 まゆみ 「つくるのには時間がかかったのに、燃え尽きるのは一瞬ね。バケツもっ
        て学校に駆けつけたけれど、こんなものなんにもやくにたたなかったわ。
        結局私たちがしたことって何だったのかしら」
76 一郎 「体育館も、舞台も、全部灰だ。これじゃあ人を励ますところじゃない」
77 花子 「お父さんもこんな火に包まれているのかしら」
78 二郎 「あーあ、何だったんだよ、いままでの練習は。こんなことなら初めから
       やらなきゃ良かった」
79 一郎 「そうだな……」
80 たろう 「なにが、『そうだな』だよ。舞台がないくらい何だよ。舞台がなきゃ、グ
       ラウンドでやればいいじゃないか。グラウンドがダメなら、空き地でや
       ればいい。空き地がないなら、みんなの家を回ろうよ。」
81 二郎 「うるせえんだよ、転校生。無理なんだよ、そんなことは」
82 たろう 「どうして無理なんだよ。人を励ますのに場所が関係あるのかい。悲しん
        でいる人はどこにでもいて、僕らにはどこにでも行ける足があるじゃな
        いか。こんな時だからこそ。大人たちが悲しんでいるいまだからこそ、
        僕らにできることがあるはずだよ。それをやろうよ」
      (一同うなだれる)
83 かずえ 「(花子のそばに行き)ラバウルのお父さんもがんばってるわよ。あなたが
         がんばらなくてどうするのよ」
      (花子、太郎の手をしっかりと握り返す)
84 たろう 「(はるかのそばにいき)お姉ちゃんにいい劇を見せてあげようよ」
       (はるか、おおきくうなづく)
85 かずえ 「(ふゆえのそばにいき)お父さんがもう一度がんばれるような劇にしまし
        ょうよ」
86 ふゆえ 「うん」
87 一郎 「よし、もう一度やってみようか。……」
       (みんな手を重ね。遅れて二郎も手を重ねる)
88 一郎 「二郎……」
       (みんな、無言でうなずき合った後、「よしやるぞ」などといいながらはけ
        る)
89 二郎 「そうだ、転校生。おまえ名前は?」
90 たろう 「ぼくは高橋たろう。」
91 二郎 「なんだ、一郎と同じ名字かよ」

(暗転)

(ナレーションのみ)
92  たろう 「もしもし、おじいちゃん。今度の日曜日は、ひま?」
93  じいちゃん 「ああ、ひまだとも。どうした?」
94  かずえ 「あ、もしもし、わたし、かずえ。今度の日曜日ね、学校の学芸会なの。
         わたしね、シンデレラで主役なの。」
95  じいちゃん 「ほう、それは楽しみじゃなあ」
96  かずえ 「でしょう!私がんばるから!必ずきてね。おにいちゃんはね、なんと牛
          のうんこの役なの!うふふ」
97  たろう 「よけいなこと言うなよ!ねえ、おじいちゃん。おじいちゃんの小さい頃
         の学芸会ってどんなだったの?やっぱり楽しかった?前の日はドキドキ
         した?」
98  じいちゃん 「わしらのころの学芸会か?学芸会なあ。あのころは戦争があってな、た
           いへんでなあ……学校も空襲にあったりしてな……でもなおじいちゃん
           たちみんなの家を回って、劇を見せたんじゃよ。みんなそりゃあ喜んで
           くれたよ」

              (閉幕)