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道徳実践の部屋
■「義足のランナー」(ゲストに荒木孝司氏を迎えて)
☆前口上
今年度、私の勤める学校は文部省の研究指定を受けた。
分野は、道徳の「人材活用」。
幸いなことに、あまり人材に関する条件が無いため、柔軟に様々な方に来て
いただいている。
この話が出たときに、私にはぜひお呼びしたい方が何人かいた。
まず、ぞの第1が、今回一緒に授業をして下さった荒木孝司氏だ。
荒木孝司氏は、元公立高校の教員。5年前に生徒を自家用車で引率中、交通
事故によって右足の膝下から切断という不幸に合われた。
その後も現場に復帰するも、自分の夢と一部の心ない同僚とのギャップから
退職。
現在は、各種の陸上大会に出場したり、各企業の新人研修で人間関係の講座
の講師をされているということである。
私が、荒木氏を知ったのは、大江浩光『道徳授業改革双書22 今を生きる
人に学ぶ』(明治図書)を読んでのことである。
掲載されている写真のゼッケン「松前高校」を元に、荒木氏を教頭が探してくれた。
荒木氏は、現在札幌市在住である。
☆教師のストラテジー
最初は、いわゆる感動的な授業を構想していた。
障害を乗り越えて、努力をし、今はこんなに立派な活動をされているというような。
しかし、荒木氏にはそうしたご苦労もおありなのだが、それを子どもに伝えるのは、どうも間違っているような気がした。
その思いは、荒木氏を知れば知るほど強くなった。悲壮感が無く、前向きで、夢に向かってばく進するバイタリティーにあふれている。
荒木氏の生きる姿は、私自身の「思想」さえ否定されているような気がした。私の「障害観」「障害者観」の転換を、荒木氏はその生き方で私に迫ってきたような気がした。
そこで、子どもたちと荒木氏との、出会いを演出するという立場で授業を構築することにした。
☆授業の流れ
(1)4つの記録
いきなり板書する。
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9秒79
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『何かのタイムです。何のタイムでしょうか。プリントに書いてください』
10秒ほどですぐに一人一人指名する。
「100メートルのタイム」「ラーメンの早食いタイム」
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実は、できたてほやほやの100メートルの世界記録です。
モーリスグリーンという選手の記録です。
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説明しながら、モーリスグリーン選手の写真を実物地投影機で映す。
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12秒39
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『何のタイム?』
「100メートルのタイム」「人が眠りにつくまでの時間」「苫中(隣の中学校)の100メートルのタイム」
『実は今年の苫中の100メートル男子のタイムです』
ズバリ当たった子がいたので歓声が上がる。
『Mくんは何秒?』一番クラスで早い子に聞いた。
「14秒」板書する。
『じゃあビデオを見てください』と言ってビデオを流す。
(テレビ番組「モーニングアイ」が取材したビデオ。荒木さんが、座って取材を受けている場面と走っている場面。いずれも足は映っていない)
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今、出てきた陸上選手。その障害で最高のタイムはどれくらいでしょう。は
い、書きなさい。ちなみに日本を代表する、世界に通用する陸上選手です。
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これも一人一人指名する。
7秒台と言う子どもが一人いたが、後は9〜10秒であった。
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この人のタイムは、実は、12秒05です。
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「全然違った!」「それで世界に通用するの?」
『特別すごい選手なんだろうか?』
「ぜんぜん」
『でも先生は、すごい選手だと思います。ビデオを見てください』
前掲のビデオを見せる。荒木氏が義足であること、高校の先生(当時)であることがわかる。
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この選手の名前は、荒木孝司さんと言います。右足の膝から下がありません。
ホンモノの足じゃなくて、作り物の足(義足と言うんだけど)をつけて走って、12秒05なので
す。
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「はえー!!」「何で、足、無くなったの?」と言うつぶやきが漏れる。
2,なぜ足を失ったのか
『何で足を失ったのでしょう。ビデオの続きを見てください』
事故の様子についての説明が流れる。
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ガードレールとペダルの間に足が挟まって、グチャグチャだったそうです。
病院に運ばれて、荒木さんが、お医者さんにまず言った言葉があります。何
と言ったでしょうか。書いてください。
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指名無し発表をさせる。
「足を何とかしてくれ」「走りたい」「走らせてくれ」「走れますか?」「どうなるんだ」「右足を切ってください」「これからの私の陸上は・・・・・」「選手としてはどうなるのですか」
『実は、ここに答えがありますが、先生からは言わないで・・・・・、本人が見えています。本人からお話しして頂きましょう。』
「えーっ!!!!!!!!!!」
『あらきでーす』と荒木氏登場。
事故当時のお話、出血が大量で生死の境をさまよっていたこと。事故の時はいていた靴を見せていただきながらのお話。
そして、最初にお医者さんに言った言葉は「はやくきってくれ」だったこと。
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では、奥さんは何と言ったでしょうか
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子どもは、「切って下さい」「えー!」「本人が言っているのならどうぞ」などという答えを考えた。
荒木氏に答えていただく。「答えは【じゃあ、切ってください】です」。
子どもは、まさかと思っていたので、爆笑になった。
3,なぜ教師を辞めたのか
『この事故の後、荒木さんは、学校に復帰します』
資料を配布する。
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学校に戻ってからのことです。高校の生徒たちは、温かく迎えてくれました。
しかし、校長先生、教頭先生を初めとする学校の先生の中には、ひどいこと
を言う人もいました。例えば、それは「修学旅行も宿泊研修もあなたには任せ
られません」「教員なんてやらないで、座ってできる仕事はないの?」「そんな
体で無理することないのに」「教員はふつうにしてればくびにならないから、や
められないはよね」ような言葉でした。
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シーンとなる子どもたち。
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結局、この後荒木さんは、教員という仕事を辞めてしまいました。その理由は、何だったでしょう。
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「他の仕事をやりたかったので」「他の先生にいじめられたから」「インストラクターの仕事があったから」
もちろん、荒木氏から答えを頂く。
さすが荒木氏、すぐに子どもたちを取り込んでお話してくださった。車座になって子どもたちに話してくださった。
大略、次のようなお話であった。
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自分の究極の夢は、この世から戦争をなくすこと。そのためには、自分にとっ
て教員が一番適していると思ってきた。でも、同じ教員の中には、そういうこと
を考えていない人も残念ながらいた。そういう人たちと話しているうちに、ギャ
ップを感じた。だから、やめてしまった。それで、これからはスクールソーシ
ャルワーカーとして、夢を叶えていきたいのです。
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授業は、ここでチャイムが鳴って終了した。
4,子どもの感想
「苫前小学校に来る人は、伊藤さんなど(1週間前にいらしたトライアスロンの選手)みんな元気で明るい人ばかりだ」というのが印象に残っている。
この感想を見るにつけ、子どもは、出会いの中でゲストから元気をもらい、そしてそんな人に出会える学校を誇りに思ってくれていると感じた。
※1,2は大江浩光氏の実践(前掲書)の追試です。